圷渡村(あくつわたりむら) 現在の渡里町・文京一丁目と二丁目・ちとせ二丁目 水戸城下の西北に位置し、屈曲して流れる那珂川の南岸にある。台地の北端から急坂を、下った那珂川流域の低地を主とする村。南は袴塚村。
 古代那賀の郡衙が台渡に、駅家が那珂川対岸の中河内・上河内方面に設けられたと推定され、当村が那珂川を渡る交通の要衝であったことから、渡の地名となったと伝える。
元禄郷帳に「圷渡村」とみえる。
「水府志料」の圷渡村の項によると村の東西十九町余・南北十六町余で戸数はおよそ七六とあり、また「此村土人の伝説に往昔台渡村と共に袴塚村よりわかれて渡り村と称す。後また台圷をわけて二ケ村とすと云ふ。然れども其証たしかなる物なく、其年月をしらず」とみえ、古来台渡村と密接な関係があったと思われる。
笠原神社の祭神は日本武尊・弟橘姫命。古くは笠原明神と称した。旧村社。
 天保十三年(1842)台渡村と合併し渡里村となった。

(平凡社 日本歴史地名大系8 茨城県の地名より抜粋)