photo_00 長者山に一盛長者と呼ばれた豊かな豪族が住んでいました。後三年の役にあたり、源義易(八幡太郎)が十万余騎の兵をひきいてここを通り、長者に兵糧を求めたところ、長者は義家を家に迎え入れ、三日三晩にわたって大変なもてなしをしました。義家が奥州よりの帰途、再びこの地を通りかかった時にも前にも劣らぬ長者の歓待をうけました。義家は、「このような富豪は、他日必ず災いになる」と考え、急にやかたを襲って長者の一族を討ち減ぼしてしまいました。

(昭和62年10月31日(土)於水戸市立博物館 配布資料より抜粋)